このブログを読むと私の 3 月が実質 5 日程度であったことがわかります。
- 大学の時に大変お世話になった指導教員が定年退職されるということで丁度研究室の同窓会があった。色々な人と久しぶりに会えてよかったですね。その先生が、人が亡くなる時に最後に出来ることは葬式で知り合いを作らせることだ、みたいなことをおっしゃっていて、その会は別に葬式では無かったが思惑通りになっていた。すごい。(小並感)
- 春節の時にはあまりに航空券が高かったので 3 月の 3 連休に親と一緒に中国の祖母の家に帰った。元々祖母の具合があまり良くないというのは聞いていたが、前回会った時よりもさらに悪化しており、ほとんど喋れなくなってしまっていた。自分の英語が多少上達したので、いとこや叔父とは英語でかなり会話できるようになったが、それ以外の親戚とはまだ親を介した通訳を必要とする。自分はほとんど中国語が喋れないので結局祖母とは直接喋れず仕舞いだった。可処分時間が相当増えたことだしそろそろこれに真面目に向き合わなければいけないのかもしれない。
- 祖母の家も年季が入ってしまっていて劣化で水道がダメになりつつあり、今回初めて近くのホテルに泊まった。ちゃんとしたホテルなのでかなり快適に過ごせてはいたが、帰った時には毎回祖母宅に泊まっていたので嬉しいような悲しいような...。時間の経過を感じずにはいられない。
- 最近は政府が日本叩きに忙しい中国でもオタクコンテンツの人気ぶりは健在で、むしろ前よりも人気が上がっているかもしれない。今まで行ったことのある各都市に必ず一つはオタクコンテンツの店、谷子店と呼ばれているらしい、があり、大抵ビルの低層階と地下を似たような店が占拠している。蘇州にもそういうビルがあり、アークナイツのグッズだったり、友人へのお土産だったりを買った。
壁の落書き
- 日本と中国のオタク文化で最も違うものの一つに、コスプレへのハードルがあると思う。日本だとコスプレとはコスプレイヤーの人たちがコスプレイベントなど限られた時に、限られた場所で行うもの、という認識があると思うが中国だとカジュアルにコスプレをした人を見かける。というかそういうオタクビルだとむしろしていない人の方が珍しいレベルだった。ただ買ったグッズを床に広げたり、自分たちも空いてる場所に荷物と一緒に座り込んだりしている人たちもそこそこいて、言ってしまえばあまりお行儀は良くない。
- ビルの中を彷徨い歩いていたら突然音楽がかかり、驚いて見に行くと色んな人々が開けた場所で踊っていた。ラブライブやプロセカの曲などが 1,2 分程度の比較的短いスパンで切り替わっていき、踊っている人もどんどん交代していく。多分知っている曲の時に好きに飛び込んでいくシステムなんだろうと思う。TikTok 的なプラットフォームで配信でもしているのかもしれない。年齢層で言えば多分10代後半から20代前半のかなり若い人たちが中心で、ある意味商業化の中に組み込まれて熟しきってしまった日本とはまた違う、中国のオタク文化の醸成が見られて結構面白かった。
踊る人々 RANDOM DANCE 禁止とあるが...
- 折角街中まで行ったので、たまたま近くにあった庭園、滄浪亭と可園に行った。ただの土日に行ったはずだがかなり混んでいて、蘇州も大人気観光地である。普通の観光客だけでなく、日本でいう着物レンタルみたいなサービスなのか、漢服を着た人たちとそのカメラマンたちも大勢いて賑わっていた。これ系の人々、年末に旅行した時にも大量に見かけたので写真撮影サービスとして旅行の中に組み込まれているのかもしれない。
可園
- 連れて行ってもらったレストランで初めてナマコのスープを食べました。美味しかったです。日本にも売ってる店あるのかな。
ナマコスープ